春の初め、空は高く澄み渡り、そよ風が心地よい一日だった。しかし、大学生の直人にとっては、心の空は曇りがちであった。昨晩、彼は長年の恋人である洋子と大喧嘩をしてしまった。原因は些細なことだったが、直人のプライドが邪魔をして、彼女に対して言い過ぎたことを認められずにいた。
「どうしても彼女が先に謝るべきだ」という考えに固執して、直人は洋子のアパートを訪れることにした。しかし、彼の中には、自分が間違っていることへの小さな認識が芽生え始めていた。
洋子のアパートの前に着いた直人は、深呼吸をしてからインターホンを押した。「洋子、開けてくれ。話があるんだ」と言うと、中からは「はい、どうぞ」という声が返ってきた。しかし、ドアは開かない。彼は戸惑いながらも、何度か繰り返し呼びかけるが、返ってくるのは同じ言葉ばかりで、ドアはぴくりともしない。
実は、部屋の中には洋子はおらず、返事をしているのは九官鳥のピコだった。
「洋子、ごめん」と直人が言うと、「どうして？」とピコが返す。彼は混乱しながらも、この繰り返しの中で、自分の心の内を見つめ直し始める。「怒ってるのか？」と問いかけると、「知らない」とピコが答える。九官鳥の限られた言葉の中で、直人は自分の幼稚さと向き合うことを余儀なくされた。
時間が経ち、洋子が買い物から戻ってくると、彼女は直人が玄関前で座り込んでいるのを見つけた。「直人、どうしたの？」と彼女が尋ねると、直人は目を見開いた。
「洋子、どうして外にいるんだ。部屋の中から声がしたのに……」部屋の中から「おかえり」と声がして洋子は「家にピコがいるんだよ」と答えた。
「ピコか……」直人は深くため息をついた。「洋子、ごめん。昨日は俺が悪かった。ピコと話して、俺がいかに間違っていたかを思い知らされたよ」と彼は語った。洋子は驚きつつも、彼の言葉に心を動かされ、二人の間に流れていた緊張がほぐれていくのを感じた。
ピコのおかげで、直人は自分の誤りを認め、洋子との間にあったわだかまりを解消することができた。その日、九官鳥はただの鳥ではなく、二人の関係を修復するきっかけを作った小さな英雄となったのだった。
