灯りがほとんど消えかけた小さなバス停に、彼女は一人立っていた。この遅い時間になると、周りは静寂に包まれる。人影はまばらで、風だけが寒さを増していく。彼女の前には、古い携帯電話がある。その画面には、一本の着信が表示されていた。発信元は「未登録」。
「もしもし……?」彼女の声は、凍えそうな夜空に吸い込まれていくようだった。
応答はない。ただ、向こうからは断続的な呼吸と風の音が聞こえるだけ。彼女は話し続けた。「聞こえてますか? あなたは……誰ですか?」
通話は切れた。残されたのは途切れた声と、心の中のざわめきだけ。
彼女はふと、過去を思い出す。かつて、彼女にとって大切だった人がいた。その人とは、小さな誤解から距離を置くようになり、やがて音信不通に。でも、彼女の心の中では、まだその人への想いがくすぶっていた。
翌日、同じ場所、同じ時間。彼女はまたその着信を待っていた。そして、またしても未登録の番号からの着信があった。「もしもし……」彼女はもっと強い声で話しかける。
今回は反応があった。「……ごめん、声が……聞きたくて。」
その声は、間違いなくかつての大切な人のものだった。時間を隔てても変わらない、その特徴的な途切れ方を彼女は覚えている。
二人の間には、多くの言葉は必要なかった。ただ、声を聞くことで、長い間の沈黙が溶けていくのを感じた。距離はまだあるかもしれないが、途切れた声を通じて、繋がれた想いがあることを知った。