幽玄な光を灯しながら、雨が降りしきる夜。細い路地を縫うように立ち並ぶのは、時代の息吹を色濃く残す古い町並み。その一角に、忘れ去られた旋律を探し求める青年が足を踏み入れた。
青年は幼い頃、祖母からこの町に伝わる古の歌について聞かされて育った。町には、雨の夜にだけ聴こえるという幻の音色があると言われていた。それは心を落ち着かせ、人々に希望を与える不思議な力を持っているという。
青年はその音色を一度でいいから聴きたいと願っていた。小さな灯りが連なる店々を過ぎ、石畳を歩きながら、彼は耳を澄ませた。そして、時計の針が深夜に差し掛かる頃、青年はふと立ち止まった。
彼の足元に水たまりがあり、雨滴が躍るたびにぽつぽつと音を立てていた。祖れはまるで水琴窟のような音色で、心地よく、どこか懐かしい旋律を奏で始めた。
周囲を見渡すと、町の人々もまた、静かにその音色に耳を傾けていた。老舗の店の主人、通りを行く恋人たち、家路を急ぐ家族……。彼らの表情には、日々の喧騒を忘れさせる安堵の影があった。
青年は理解した。この音色こそが、祖母が語ってくれた町の旋律だったのだ。音は物質ではないが、人々の心を癒やし、町全体を優しく包み込む力があった。雨の夜は、ただ湿ることのない神秘的な時間へと変わり、町の古の歌が生き続ける舞台となっていたのだった。
